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2020年5月17日日曜日

やっぱり書いておこう、コロナに考えさせられたこと




コロナで外出自粛が始まって、

時間に余裕ができたから、
少しでも書いておきたいと思っていながら、

なかなかできなかった。



コロナに感染してしまって、
状態が悪化して、
懸命な治療を尽くしても救うことができなかった本当に数多くの人たちと、

その家族、

その人たちを愛する人たちに、

その数の多さに、

(現実の生活としては「感染者数」が大事なのはわかるけど、どれだけの人が「死者」とならなきゃいけなかったかを意識できるように報道されないのが悲しい)


正直目をそむけたくなってしまうほどに、

胸が苦しく、

ただその苦しさと悲しみを、

ただ私がいるこの場所でしか、一緒に共有することしかできなくて申し訳ない。


今回のことで最悪の結果になってしまった人たちに起こったことは、

4年前にてっちゃんに起こったことと何も変わりがない…。



何かを比べるつもりでは全くないけど、

今回のことで、
私はあの時の自分たちのことを振り返ったり考えたりすることが沢山あった。
良くも悪くもね。



とにかく悲しいのは、

今回の状況下では、
感染した患者さんには、家族も全く面会ができないってこと。


どうしようもないことなんだけど、

でも…

命を落とすようなことになっても、

遺灰になった姿でしか抱きしめてあげられないなんて……


そんなこと、想像ができない。
本当にあり得ない。


てっちゃんのときは、
原因になったウィルスが何だったのか、結局治療中はわからず、

もちろん「新型ウィルス」なんてことは考えてなかったからだと思うけど、

普通に面会も自由にできたし、
とにかく、ずっとずっと一緒にいさせてもらえた。

動かなくなってしまった体だったけど、何度も抱きしめた。

少しでも私の体温が伝わるように、
触れ続けてあげた。



「死」を覚悟するのには、あまりにも短い時間だったし、
実際、その時は「死」なんて全く想像していなかったけど、


でも、振り返ってみると、
あの時間の大きさに気づく。

現実とは思えないその事実と向き合おうとするとき、
何度振り返っても、あの時の壮絶なてっちゃんの姿を目にしていた記憶が嫌でも残っているから、

だから、
この事実を受け入れなきゃいけないんだと自分に言うしかなくなる。


正直な気持ちだけで言えば、
あんな時間ですらいらなかった(そんな事実がいらなかった)けど、

でも、

今回のことで、
あの時間を持てたことは当然じゃないことを改めて考えさせられた。


同時に、
それができなかったてっちゃんの家族や、
日本にのみんなにとって、

てっちゃんの「死」を受け止めることがどれだけ難しいことか、

改めて強く考えた。



そしてまた同時に、

てっちゃんの体に起きたことが、
やっぱりどれほどに信じられないほどの確率で起きたことなのかも知らされた気がしている。

当時も、病院の主治医に
「雷が直撃するのと同じぐらいの確率でしか起こらないことだ」

と言われたけど、

当時32歳の、
持病もない、
むしろ比較的体力だってあるほうの、
全く健康な男性が、
発熱して2日で呼吸不全に陥り、
その後2日で旅立ってしまった、

ということが…。


でもじゃあなんで…?
という疑問がこの4年間ずっと張り付いていたけど、
でもそれも、この間ニュースになっている「サイトカインストーム」という現象が、
てっちゃんにも起きたことなんだろうということも学んだ。


あとは、あの時、当然のように進められた治療法として使われた、

「ECMO(エクモ)」は特に、

「IMPELLA(インペラ)」も、

日本ではやっとここ数年で承認されたり、使える医療機関が増えてきたもので、
当時だったら、そんな医療はおそらく受けられていなかったであろうことも、
今回のことで改めて実感した。


どれだけ恵まれた環境で闘っていたのかということと、

同時に、

どれだけ信じえない状況が起こったのかも、

いろんな意味で整理?することになってると思う。



そして、こういうこと一つ一つが、
私にとって、

てっちゃんの「死」を受け入れていくこと、
理解していくこと、

私の力ではどうしようもないことを再認識していくこと、

に繋がって、
グリーフの形というか、段階というか、

その変化にも繋がっていることも感じる。


でも一つ、変わらないのは、
てっちゃんからの声はやっぱり聞き取れないこと。

その大きな理由は、たぶん、
てっちゃんと思いっきり向き合うことを最近少し避けていた部分があるからだと思ってる。


私がそうしているように、
てっちゃんも向こうから、あんまり私を呼ばないようにしているのかな。

「そっと見守ってくれてる」ということにしておく。


今日もてっちゃんの写真に「おやすみ」を言って、てっちゃんの枕を抱きしめて眠る。

2020年3月22日日曜日

37歳だね。




てっちゃん、37歳になりました。
…なってたはずでした。


きっと、絶対、

あの頃より研究者として活躍して、

男性として成熟して、

夫婦として深さを増せていたと思う。


てっちゃんがいないてっちゃんの誕生日も、もう5回目。

毎年思う。

「おめでとう」っていうのも、なんか違う気がして…
でも、何も言わずに何もせずに過ごすのもできなくて…

結局毎年ケーキを(本人は甘いもの好きじゃないのに)買ってみる…
“Happy birthday”のプレートをつけて。


本当は何かプレゼントを選んであげたいけど、それはもうしない。
もう、渡すことは「できない」ということだけは、受け入れなきゃいけない気がするから。


コロナのことは他人事じゃない。

“ウィルス”が臓器を犯し、
“急激に”命を脅かす事態になっていることは、まさにてっちゃんに起こったことだから。

でもやっぱり、今回のニュースを見てて改めて思う。

あのとき、てっちゃんやっぱり疲れがたまってたり、免疫が落ちぎみだったのかな…
平日めいっぱい仕事して疲れてたのに、土日も出掛けたいって無理させちゃってたからかな…

そんなことを思っちゃう。



少し心が乱れやすくなっていた最近。
大事な人が、また私から離れていく。

偶然なのか、
私に原因があるのか、
相手に原因があるのか…


そういうことにものすごく心細さや喪失感を感じてる自分がいることに、
情けなくなるけど、
でもこれは、どうしようもない。


そんな中で変わらずに動いている世界、周りの人たち、
それに苛立ちそうになっている一方、
そういう現実が自分の心を諦めさせてくれて、ある意味助けになっているのかも…と思う。


てっちゃんのことを話してたのに、逸れちゃった。


年々早まる桜の開花。

いつの間にかてっちゃんの誕生日を祝う時期に咲くようになった。


チャールストンの樹も若葉がついたって。
さすが、暖かいんだな。


てっちゃん、今日も明日も想ってるよ。