てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2016年12月3日土曜日
悲しいことがあったとき…。
ちょっと、というかだいぶ悲しいショックなことがあった。
もうこれ以上、大切な人を、少なくとも私は大切だと思っている、恩人だと思っている人を失いたくはないのだけど…。
てっちゃんがいなくなってしまったこととは別の部分で、こういう想いをしなくちゃいけなくなると、
こういうときに、てっちゃんに話を聞いてもらえない現実を改めて突きつけられると、
こうやって私は、てっちゃんのいない世界で、自分の世界で生きていかなきゃいけないんだって、
またすごく弱気になって、心細くなって、いろいろなことに怖がる自分がまた出てくる。
私は今周りの人に守ってもらって、支えてもらって、なんとかやってる。
でも、それに甘えすぎて、いつまでもいつまでもそうしていると、どこまでも被害者ぶっているように私を見てしまう人もいるんだろうなと思う。
こんな私にずっと寄り添う周りの人も、相当のエネルギーがいる。
そのことは忘れちゃいけない。
てっちゃんだったら、こんな時どんな言葉をかけてくれるだろう。
どんな風に私に接してくるだろう。
10年一緒にいた。
でも、たかが10年でもあった。
一緒にいた時間にお互い経験したことは、本当にたくさんあったし、たくさんのことを話し合ってきた。
たくさんの言葉をかけあってきた。
でも、それでもやっぱり、一緒にいた時間には経験しなかったことが、まだ人生には山ほどあって、
てっちゃんの声がなかなかスッと聞こえてこない。
きっと、結局私の心の整理がつくのを黙って見守ってくれてるんだろうなと思う。
困って意見を求めると、予想以上にあっさりと、あっさり過ぎて逆に受け入れるのに時間がかかるぐらい現実的に、彼なりの結論を提示してくると思う。
てっちゃんという最強に心強い存在がいれば、多少心が折れそうになっても、
最終的な受け皿がある感覚があった。
今はそれがなくて、背筋がピンと伸ばせない。よしっ!って思えない。
それもまた現実。
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