てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2016年12月12日月曜日
てっちゃんと連絡がとれれば…
一回でいいから、
というのは控えめなお願いで、本当は何回でも…と思うけど、
でも一回でいいから、
今てっちゃんがどこでどんなふうにしてるのか、てっちゃんがいるところがどんなところなのかを見に、てっちゃんの近況を聞きに、いける手段がほしい。
周りの人が信じてることや、本に書いてあるようなことや、想像の世界の話じゃなくて、私が私の力で…
夢でもいいし、幻覚でもいい。
自分の力でそれができれば、それは自分が自分で見たものなんだからって、少しは納得できる気がする。
このことに「現実味」という言葉は使いたくないけど、でもその見たものに少しは現実味を感じることができる気がする。
というか、あの日から今日まで、いろんな人にいろんな言葉をかけてもらって、一つ一つがありがたくて、でもひねくれて受け取ってしまう自分も確実にいて…
私なりに必死に、周りの人の言葉を受け止めて受け入れてみようとしてきたつもりだけど、
こんなふうにしてみたらてっちゃんもきっと喜ぶよとか、
こんなふうに考えるしかないよねとか、
こう考えてみたら少しは楽かもしれないよとか、
そんなふうにたくさんのパターンを提示してみてもらうんだけど、どうしてもしっくりくるものがない。
自分を奮い立たせるというか、この想いをバネに踏ん張ってやろうって…こう考えてみるしかない!って思える状況がどうしても見つからない。
みんなからもらう言葉が嫌だって言うんじゃなくて、こんなにたくさんの人達が、必死にてっちゃんと私のことを想って考えて言葉を選んでくれた、こんなにたくさんの手段を持ってしても動いてくれない自分の心とこの変わらない現実に、もうどう手を付けていいのかわからない。
動かない気持ち、動けない心を、無理に動かそうとする必要なんてないと思いつつ、でも外の世界に目を向けると、やっぱり世界も、周りの人も、進んでる、動いてる。
物理的にだけじゃなくて、時間空間というだけでもなくて、心も。
私にとって、てっちゃんの身に起こったことも、その結果この現実と自分が闘っていることも、“てっちゃんと私”の中で起こったことだから、てっちゃんと私のやり取りの中で、何か納得なり力に変わるものなりが見つけられないと結局はダメなのかなって思った。
でも、それは現実的には無理なこと…。
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