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2017年6月27日火曜日

助けてあげて。



てっちゃん……


海老蔵さんが苦しんでる。

舞台終わって、
麻央ちゃんと最後のお別れをして、
もう会えなくなっちゃって、
抱きしめてあげることができなくなっちゃって、

なんとか踏ん張ってた心が、苦しみの真っ暗闇に突き落とされてる。


麻央ちゃんもきっと泣いてる。



てっちゃんにはよく伝えてることだからわかってるかもしれないけど、

海老蔵さんと麻央ちゃんだけじゃなくて、

私の近くには、私達と同じ苦しみを抱えて、何とか日々を乗り越えてる人が他にもいるんだ。

その人が愛する人はてっちゃんのいるそっち側にいっちゃった。



こんなことをてっちゃんに頼むのなんておかしいんだけどさ、

そっちの世界のこと、私はわかってないんだけどさ、

でも、もし麻央ちゃんたちに会えるなら、どうか、どうか助けてあげて。


こんなことを考えるのはおかしいかもしれないんだけどさ、

私、てっちゃんはそっちにいっちゃって、でもいってしまったことで、ミラクルパワーを持ったと思ってるんだ。


私が出かける日は天気を良くしたり、
雲になって現れてくれたり、
蝶々になって飛んできたり、
気配だけで私を抱きしめてくれたり、
写真で機嫌を教えてくれたり、



もう一度こっちに戻ってくるっていうことだけは除かれた、

そんなパワー。


だから、芸能人だろうとそうじゃなかろうと、私達と同じ思いをしてる人のところにいって、助けてあげて。


もしそれができるなら、
私のところに数日来られなくても、
それなら私、我慢できるから。


私もこっちでできることをする。


大したことはできないけど、

自分のためにはまだ踏ん張れないけど、

その人たちのためなら動ける。



2017年4月29日土曜日

納得いかない




誰かからの言葉に対してとかでも何でもなく、
自分の心をただ吐き出します。





てっちゃんの存在をふとしたときに感じる
とか、

てっちゃんは心の中で生き続けてる
とか、

てっちゃんはいつでも近くで見守ってる
とか、


私だってそう思うことも実際ある。
そんな風に実際に感じることだってある。

そう思って生きていくことが、てっちゃんのためなんだって、

そう思って生きていかないと、てっちゃんもかわいそうだって、


そう思う人がいても当然だと思う。
私だってそう思ってないわけじゃない。




だけど、やっぱりどうしても納得がいかない。

てっちゃんがそんな存在になっちゃったことが、どうしても納得がいかない。


私にとって(当然みんなにとっても同じだと思うけど)、てっちゃんは、

ふとしたときに存在を「感じる」相手じゃなくて、

「心の中」で生きる人じゃなくて、

近くで「見守ってる」人じゃなくて、



「実際に」「一緒に」生活をして、
「お互いに」言葉を交わし合って、
「直接」手を取り合って、
「同じ世界」で生きていく人


なんだよ。


てっちゃんは、やっぱり、てっちゃんっていう「人間」でしかない。


てっちゃんの「声」が「直接」聞けないのに、てっちゃんが考えてることなんて、勝手に考えられないよ。


だって、てっちゃんの考えが聞きたかったら、「直接」会話して、返事をもらってたから。


てっちゃんはもうこの世にいないからって、てっちゃんがこんなふうに言う“だろう”なんて、
それを自分の支えにしていくことなんて、

そんなに簡単にできないよ。


それができたら少しは気持ちも変わるかもって、


前向きに過ごしてみたら、てっちゃんも喜ぶかもしれないって、


そう思って少し自分なりに試してみたけど、


そんなに簡単にできないし、


てっちゃんからは返事がない……



みんなはどうやって、心を抑えてるんですか。
みんなはどうやって、その悲しみと向き合ってるんですか。


てっちゃん、どうやって生きていけばいい?


2017年2月26日日曜日

どうしてる?



てっちゃん、今どうしてるかな。


何してるかな。




会いに行きたいな…。

2017年1月21日土曜日

命日



一年後のこの日をどんなふうに過ごすのがいいのか、全然わからなかった。
どう過ごそうと、何を思おうと、現実は変わらないし、てっちゃんはいない。


たしかなことは、あの日から365回も、私はてっちゃんが隣にいない夜を過ごしてきて、それを乗り越えてきた。
一年という時間を、結局は生きてきたってこと。


そうやって迎えた朝は、本当に虚しくなるほど静かな朝だった。
暖房の音もテレビの音もしなかったから、というのは大きいけど、心のざわつきも、自分の心の中でガタガタといろいろなものが崩れ落ちるようなあの感覚も、あの時とはやっぱり全然違う静けさだった。

これが現実か……

わかっちゃいたけどさ……


てっちゃんのお骨を抱きしめて、てっちゃんがアメリカに行く前にみんなに開いてもらった壮行会で、てっちゃんが喋った挨拶の動画を久しぶりに見た。

ずっと、なんでだか怖くてずっと、見られなかった。


久しぶりにてっちゃんの声を聞いた。
笑ってる、泣いてる、考えてる、喋ってる、てっちゃんを見た。

懐かしいと思ったのは一瞬で、やっぱりまだ私の中では普通の声、表情、動きだった。


泣いたし笑った。

愛おしかった。


この命日を、過剰に意識しているのは私達だけで、てっちゃんはもしかして、もちろん忘れちゃいないけど、もっと気楽に過ごしていてくれているのかも…ともちょっと思った。



てっちゃん…

私は、この一年、てっちゃんの家族のみんなともたくさん会って話をしてきました。
てっちゃんがいたからこそ出来上がった関係だけど、今も良い関係を続けさせてもらってるよ。てっちゃんが大好きなみんなのことが、私も大好きです。

自分の家族にも、何度もやってくる波を一緒に乗り越えてもらった。
今までは話す機会がなかったようなてっちゃんの話もたくさんしてきたよ。

数え切れないほどのメッセージや連絡を、友達や知り合いの人からもらいました。
みんなだって、てっちゃんとの別れが苦しくて、この現実に衝撃を受けているのに、それでもそんな中で、自分にできることを…って私のことを考えてくれて、たくさん話を聞いてもらったり、どうしようもない想いを受け止めてもらったり、行き過ぎる思いを止めてもらったり、生活を支えてもらったり、ただただ辛抱強く私が動き出すのを待ってもらったり、本当にいろんな形で守ってもらいました。


現実がどういうことなのかはわかってるけど、でも今でもずっと、毎日何度も、てっちゃんを求めて、てっちゃんを探して、いつかふとてっちゃんが現れてくれると信じて、それが無理でも、いつか私がてっちゃんのもとに会いに行けると信じ続けて、生きてます。


てっちゃんはどうしてる?

いつでも、どんな形でも、てっちゃんからの声が聞こえるのを待ってます。

志野

2016年12月27日火曜日

ごめんね。




たくさん話したいのに、
たくさん問いかけたいのに、

ちょっと思考停止状態かも。


聞いても聞いても返事がないからなのか、
それだけ私が冷静になりつつあるっていうことなのか、

全然わからない。


死んじゃいやだよ、てっちゃん。
遠距離でも耐えるから、忙しくて遊びにいけなくても我慢するから、
でも、一生会えないのは、命が亡くなっちゃうのはダメだよ、てっちゃん。

みんな悲しんでるよ。

わかってるよね、もう嫌というほど聞こえてるよね…
今さら遅いよね。

ごめんね。

ごめん。

やっぱりそれしか言えないや。

2016年12月24日土曜日

てっちゃんへ。



てっちゃん。


大好きだよ。


大好きなんだ、私はてっちゃんのこと。



それだけだって、それが全てだって、改めておもうよ。


志野より。

2016年12月23日金曜日

寂しいね。



てっちゃん。

人混みの中を通るとね、いまだに人の流れが苦しくて、それに飲み込まれないように下を向いちゃうことが多いんだけどね、でも、今日ふと思ってね…
人の幸せそうな顔はみたくないけど、でもちゃんと顔あげて周りを見てないと、もしかしたら見つかるかもしれないてっちゃんを見つけられるチャンスもなくなっちゃう、って…。
でも、結局は苦しくなって、息止めて一気に人混みを早足で抜けたんだ。

私、こんなになっちゃった。
誰のせいにもできなくて、考えに考え抜いて誰かに責任を押し付けようとすると、自分に返ってくる。
てっちゃんは少し元気になった?

クリスマスとか、年末年始を迎えるのがこんなに楽しみじゃないの、初めてだよ。
一緒にいられないの、寂しいね…。
今年だけ我慢すれば、来年のクリスマスとかお正月はまた一緒に楽しめるってわかってれば、あきらめだってつくと思うんだけど。


この世の私からの声はきっとてっちゃんには聞こえてて、ただてっちゃんからの返事が聞こえてこないだけ。でも、あの世にいるてっちゃんは、どんなに必死に私に声をかけ続けてても私は聞こえてない。片道すら届かないんだもんね、てっちゃん、向こうでずっとずっと、私よりずっと苦しい想いしてるのかな…



もうすぐ一年経つんだって。
私どうしたらいいんだろう。てっちゃんはもうけりがついた?現実受け止めた?


2016年12月16日金曜日

ありがとう。



てっちゃん、ありがとう。

昨日の夜は、またちょっと急にいろんなことが不安になって、怖くなって、自分も嫌になって、寝る前に見つめたてっちゃんの写真の顔が、いつもの優しい顔に見えてない自分がいた。

でも、夢で、てっちゃん私の手を握っててくれた。その他のことは覚えてないけど、その手をさすった感覚を覚えてる。

ここに書けば、どこかできっと読んでくれてるって信じてるよ。
こうやって書いてる私の姿をずっと見てくれてるって信じてるよ。


昨日の夜、夢に出てきてくれたのは、てっちゃんが私を少しでも安心させるためだったんだって信じてる。

ありがとう。

今日も、すごくしんどいことがあったから、てっちゃんの力がほしい。
でも、欲張りは言えない。

でもやっぱり、また会いたいよ。

2016年12月13日火曜日



会いたいよ…

ただ、ただ、あの優しい笑顔で受け止めてほしいの…

会いたいよ…

会いたいと思う気持ちがどうしてもコントロールできないよ…
会えないとおさまらないよ。

てっちゃん…会いたいよ。あの頃に戻りたいよ。涙が止まらないよ。会いたいよ。どうしたらいいんだよ、てっちゃん。


2016年10月21日金曜日

元気かな?



てっちゃん、元気かな。

「元気」なわけはないんだけど、そう思う。

一緒にいてくれる、そう思ってるけど、
一緒に来たかったな、の想いは消えない。


やっぱり疲れるとダメだ。


20日、

今日はてっちゃんのためにご飯を作ってあげることはできないけど、お酒の好きなてっちゃんと一緒に飲もう。

「一緒に」は飲めないけど、一緒に飲みたい。
そう思うしかない。


2016年10月14日金曜日

近くにいる。



てっちゃん、東京も一気に秋になって寒さすら感じるようになってきたよ。

てっちゃんがいなくなっちゃった冬のあの寒さから、暑い夏も通り越して、また寒くなっちゃったよ。

待ち受けにしてるツーショットの写真も、冬に撮った寒そうにしてる写真にしたよ。

寒いの嫌いだから、繋ぐ手もなく一人で歩くのは更に寂しく感じるよ。

てっちゃんのパーカーが家の中で羽織るのに大活躍してるよ。


淋しいけど、でも、てっちゃんはきっと近くにいてくれてるんだって、
あの優しさで包んでくれてるんだって、
そう思えたよ、今日は。

会いに行きたい…逝きたいけど、ずっと我慢してなんとか生活してる私を、偉いねって肩さすってくれてる気がしたよ、今日は。


と言いつつ、私が勝手に感じるんじゃなくて実際にそうしてほしくて仕方なくて、涙は止まらないけど、
でも、改めて、大好きなてっちゃんのことを、また素直に信じたくなった気がしたよ、今日は。


てっちゃんの頭の回転の速さと、心を切り替える器用さには、いつも追いついていけなかったけど、今もついていけてないかもしれないけど、目離さないで、私のペースに根気よく付き合ってよね。


2016年9月17日土曜日

てっちゃんの夢



てっちゃんのこと、
てっちゃんがいなくなっちゃったからってみんなに話したら、てっちゃん恥ずかしがるかな…
「そんなこと話すなよー」って嫌がるかな…

でも、きっと、みんなてっちゃんのこと大好きで、もっともっとてっちゃんのこと知りたいと思うんだ。
てっちゃんとお話できなくなっちゃったから、てっちゃんの代わりに、てっちゃんのこと話するの、許してくれる?

私のためにも…
こうすることで、てっちゃんとの思い出とか話したこととか、てっちゃんという存在を、私の中で整理していかれるように…

嫌だったらもう書かないから、夢で教えてね。



大学を出て、
薬剤師の免許を取って、
大学院に行って、
医学博士になって、
研究が好きで、それを仕事にして、
留学の夢を果たしてアメリカに行って、
自分が今後もっと進めたい研究の道を見出してきてた、てっちゃん。

そのために、これからどんなことが必要で、
どれだけの時間が必要で…って、
てっちゃんらしい頭の使い方で、現実的な形と方法を考えて日々を一生懸命進んでいたてっちゃん。


薬学部を出て薬剤師をとったのも、薬剤師免許を持っていれば、その先仕事に困ったときも食いっぱぐれずに済むだろうと思ったからって言ってたね。


「研究」という仕事が、

その一つ一つの作業自体も、
それを組み立てたり整理したりするプロセスも、
それがいつか、どこかの誰かや社会にもたらすであろうその意義も、

全部好きだったみたいだね。


でも、研究者として生きることの難しさ、危険性、立ち位置、いろんなこともたくさん考えてた。

男のプライド、責任、みたいなものも気にするというか、ちゃんと考える人だったから、結婚を決めてからは更に、そんなこともたくさん考えてたみたいだった。


私も、自分の人生の形を考えていた時期に、てっちゃんに聞いたことがあった。



「てっちゃんの夢ってなに?」



仕事上の未来のプランとか、業績とか、そんな答えが返ってくるかなって思ってた。
でも、てっちゃんの「幸せ」はもっともっとシンプルだった。




「ん〜。ぼくは父親になれればそれでいいかな。」




その言葉で、私の心が、一瞬ですっっごく温かくなったのをハッキリ覚えている。

"私も…"

そうやって、本当に穏やかな心で思ったのを覚えている。
ある意味、すごくてっちゃんらしい答えに、すごくホッとしたのも覚えている。




仕事をバリバリやって、お互いがお互いの道を歩んでいく夫婦像みたいなものにも憧れてたけど、でも、結婚してアメリカに行く選択肢を取った私にとって、てっちゃんを支えながら、日々の生活を、一緒にどれだけ楽しめるかが、私の役目で仕事だとも思っていた。


仕事ができないもどかしさはあったけど、でも、てっちゃんとの生活は本当に楽しかった。
誰よりも楽しく過ごしてると毎日思ってた。


だから、あんなに仕事のことをたくさんたくさん考えているてっちゃんの「夢」が


「父親になること」


だと知ったとき、
それが私にとっても大きな夢だったとき、
本当に本当に幸せだった。
その夢を叶えるために私ができることを全力でしたいと思った。
その夢を叶えるための相方に、私を選んでくれたということを、改めて心から嬉しく思った。



なのに、

なのに、



叶えてあげられなかった。




てっちゃん、
なんにも悪くないのに、
なんにも悪いことしてないのに、
一生懸命勉強して、
がんばって仕事して、
私のことを全力で守ってくれて、

ただ、風邪引いただけだったのに、

一番シンプルで大きな人生の夢、叶えてあげられなかった。



叶いかけたんだ、本当は。

たった2週間だったけど、夢が叶うかも…って思えたんだよね、本当は。


去年の今日、私は最高に大きな誕生日プレゼントをもらった。


てっちゃんと私の間には赤ちゃんがいることがわかった。



それからわずか2週間で、叶わない夢になっちゃったけど…

もし、その子が元気におなかの中で育ってても、1月に逝っちゃったてっちゃんは会えなかったのだけど…



てっちゃんの夢、私が叶えてあげられたはずの夢、
実現させてあげられなくて、本当にゴメンね。


志野のせいじゃないって、きっとてっちゃんは言うけれど、
私にとってはどうしたって拭いきれない大きな大きな後悔。私にとっても大きな大きな夢だったから。


子供がいたら、今のこの悲しみや苦しさ、日々を送ることの辛さもまた違ったと思う。
もっともっと大変だったかもしれない。比べられるものでもないのはわかってる。


でも、でも、てっちゃんとの子供ができていたら、てっちゃんという存在をもっとこの世に感じていられたかなとか、これからの人生を生きていく意味とか価値をもう少し見出だせたかなとか、そんなことも考える暇なく守るべきもののために毎日を過ごせたかなって、無い物ねだりをする。


若くして、子供もまだ小さいのに、伴侶を亡くした人のことも見たり聞いたりしたから、決して安易なことは言えないけれど、でも、私の心からその後悔は消えない。



今年の誕生日は、
いつもと変わらずてっちゃんのことをたくさんたくさん想いながら、
あの日に出会うことができた小さな小さな命のことも想いながら、
1日を過ごすよ、てっちゃん。


雨が続いてた中、久しぶりに太陽を見せてくれてありがとう、てっちゃん。