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2016年9月17日土曜日

てっちゃんの夢



てっちゃんのこと、
てっちゃんがいなくなっちゃったからってみんなに話したら、てっちゃん恥ずかしがるかな…
「そんなこと話すなよー」って嫌がるかな…

でも、きっと、みんなてっちゃんのこと大好きで、もっともっとてっちゃんのこと知りたいと思うんだ。
てっちゃんとお話できなくなっちゃったから、てっちゃんの代わりに、てっちゃんのこと話するの、許してくれる?

私のためにも…
こうすることで、てっちゃんとの思い出とか話したこととか、てっちゃんという存在を、私の中で整理していかれるように…

嫌だったらもう書かないから、夢で教えてね。



大学を出て、
薬剤師の免許を取って、
大学院に行って、
医学博士になって、
研究が好きで、それを仕事にして、
留学の夢を果たしてアメリカに行って、
自分が今後もっと進めたい研究の道を見出してきてた、てっちゃん。

そのために、これからどんなことが必要で、
どれだけの時間が必要で…って、
てっちゃんらしい頭の使い方で、現実的な形と方法を考えて日々を一生懸命進んでいたてっちゃん。


薬学部を出て薬剤師をとったのも、薬剤師免許を持っていれば、その先仕事に困ったときも食いっぱぐれずに済むだろうと思ったからって言ってたね。


「研究」という仕事が、

その一つ一つの作業自体も、
それを組み立てたり整理したりするプロセスも、
それがいつか、どこかの誰かや社会にもたらすであろうその意義も、

全部好きだったみたいだね。


でも、研究者として生きることの難しさ、危険性、立ち位置、いろんなこともたくさん考えてた。

男のプライド、責任、みたいなものも気にするというか、ちゃんと考える人だったから、結婚を決めてからは更に、そんなこともたくさん考えてたみたいだった。


私も、自分の人生の形を考えていた時期に、てっちゃんに聞いたことがあった。



「てっちゃんの夢ってなに?」



仕事上の未来のプランとか、業績とか、そんな答えが返ってくるかなって思ってた。
でも、てっちゃんの「幸せ」はもっともっとシンプルだった。




「ん〜。ぼくは父親になれればそれでいいかな。」




その言葉で、私の心が、一瞬ですっっごく温かくなったのをハッキリ覚えている。

"私も…"

そうやって、本当に穏やかな心で思ったのを覚えている。
ある意味、すごくてっちゃんらしい答えに、すごくホッとしたのも覚えている。




仕事をバリバリやって、お互いがお互いの道を歩んでいく夫婦像みたいなものにも憧れてたけど、でも、結婚してアメリカに行く選択肢を取った私にとって、てっちゃんを支えながら、日々の生活を、一緒にどれだけ楽しめるかが、私の役目で仕事だとも思っていた。


仕事ができないもどかしさはあったけど、でも、てっちゃんとの生活は本当に楽しかった。
誰よりも楽しく過ごしてると毎日思ってた。


だから、あんなに仕事のことをたくさんたくさん考えているてっちゃんの「夢」が


「父親になること」


だと知ったとき、
それが私にとっても大きな夢だったとき、
本当に本当に幸せだった。
その夢を叶えるために私ができることを全力でしたいと思った。
その夢を叶えるための相方に、私を選んでくれたということを、改めて心から嬉しく思った。



なのに、

なのに、



叶えてあげられなかった。




てっちゃん、
なんにも悪くないのに、
なんにも悪いことしてないのに、
一生懸命勉強して、
がんばって仕事して、
私のことを全力で守ってくれて、

ただ、風邪引いただけだったのに、

一番シンプルで大きな人生の夢、叶えてあげられなかった。



叶いかけたんだ、本当は。

たった2週間だったけど、夢が叶うかも…って思えたんだよね、本当は。


去年の今日、私は最高に大きな誕生日プレゼントをもらった。


てっちゃんと私の間には赤ちゃんがいることがわかった。



それからわずか2週間で、叶わない夢になっちゃったけど…

もし、その子が元気におなかの中で育ってても、1月に逝っちゃったてっちゃんは会えなかったのだけど…



てっちゃんの夢、私が叶えてあげられたはずの夢、
実現させてあげられなくて、本当にゴメンね。


志野のせいじゃないって、きっとてっちゃんは言うけれど、
私にとってはどうしたって拭いきれない大きな大きな後悔。私にとっても大きな大きな夢だったから。


子供がいたら、今のこの悲しみや苦しさ、日々を送ることの辛さもまた違ったと思う。
もっともっと大変だったかもしれない。比べられるものでもないのはわかってる。


でも、でも、てっちゃんとの子供ができていたら、てっちゃんという存在をもっとこの世に感じていられたかなとか、これからの人生を生きていく意味とか価値をもう少し見出だせたかなとか、そんなことも考える暇なく守るべきもののために毎日を過ごせたかなって、無い物ねだりをする。


若くして、子供もまだ小さいのに、伴侶を亡くした人のことも見たり聞いたりしたから、決して安易なことは言えないけれど、でも、私の心からその後悔は消えない。



今年の誕生日は、
いつもと変わらずてっちゃんのことをたくさんたくさん想いながら、
あの日に出会うことができた小さな小さな命のことも想いながら、
1日を過ごすよ、てっちゃん。


雨が続いてた中、久しぶりに太陽を見せてくれてありがとう、てっちゃん。


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