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2016年9月27日火曜日

この世にいる、いない。



人混みに出たり、人がたくさんいっぱいいるのを見ると、こんなにも人がたくさんいて、当然のように歩いていて、喋っているのに、

なんで、てっちゃんはこの世にいないんだろう、

なんで、こんなにこの人たちには当然のことがてっちゃんにはできないんだろう、

なんで、私は今ここにいるんだろう、

と本気で思う。


歩くことが不自由な人もいれば、話すことが難しい人もいる。
そんなみんなのんきな人ばっかりじゃない。
のんきが悪いわけじゃない。

でも、そういうことを考える以前の、本当に純粋なところで、てっちゃんの姿がどこを探しても見つけられなくなっているということが…それでもその世界に自分だけがいることが…本当に不思議で仕方ない。
ため息か涙しか出ない。


事故にあったり、津波にのまれてしまったりして、いまだに行方不明で、身体の確認ができないままに、その人がこの世を去ったと認めなきゃいけないことの辛さ、難しさは、全くもって別種のものだと思う。
そのことと比べることは私はできない。


でも、私にとっては、目の前でさっきまで一緒に話して歩いてたてっちゃんが、本当に一瞬で動けなくなって、喋れなくなって、それでもまだ命はある、息はしていると言われて、だからその姿に必死に話しかけ続けて…

でも、機械を止めただけで命もなくなったと言われる。


見た目は何も変わってないのに。



そのてっちゃんがたくさんのお花と一緒に…
まるでそのお花がてっちゃんとの別れを飾っているかのように、別れなんて全然する気がないのに…


たったの一時間ちょっとで骨になって出てくる…。


それが、あまりに淡々と、でもあっという間に、進んでしまったからなのかな。


何も悪くない周りの人を憎く思ったり、なんであなた達だけ…と思うことぐらいはやめられたら、少し楽になるのかな。


2 件のコメント:

  1. 志野の考えていることや気持ちや心の中が、何回か聞いたことがあるとはいえ、わかってよかった。
    こうやって書き出していくことはとても大事だと思うよ。グルグルが少しでも解けるんじゃないかな。

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    1. わかんないけど、最近はグルグルって言うより、湧いては消え、消えたのにまた湧いてくるって感じかな。
      なんかもう、エネルギーありませんけど…って感じもする。

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