てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
Translate
2017年1月21日土曜日
命日
一年後のこの日をどんなふうに過ごすのがいいのか、全然わからなかった。
どう過ごそうと、何を思おうと、現実は変わらないし、てっちゃんはいない。
たしかなことは、あの日から365回も、私はてっちゃんが隣にいない夜を過ごしてきて、それを乗り越えてきた。
一年という時間を、結局は生きてきたってこと。
そうやって迎えた朝は、本当に虚しくなるほど静かな朝だった。
暖房の音もテレビの音もしなかったから、というのは大きいけど、心のざわつきも、自分の心の中でガタガタといろいろなものが崩れ落ちるようなあの感覚も、あの時とはやっぱり全然違う静けさだった。
これが現実か……
わかっちゃいたけどさ……
てっちゃんのお骨を抱きしめて、てっちゃんがアメリカに行く前にみんなに開いてもらった壮行会で、てっちゃんが喋った挨拶の動画を久しぶりに見た。
ずっと、なんでだか怖くてずっと、見られなかった。
久しぶりにてっちゃんの声を聞いた。
笑ってる、泣いてる、考えてる、喋ってる、てっちゃんを見た。
懐かしいと思ったのは一瞬で、やっぱりまだ私の中では普通の声、表情、動きだった。
泣いたし笑った。
愛おしかった。
この命日を、過剰に意識しているのは私達だけで、てっちゃんはもしかして、もちろん忘れちゃいないけど、もっと気楽に過ごしていてくれているのかも…ともちょっと思った。
てっちゃん…
私は、この一年、てっちゃんの家族のみんなともたくさん会って話をしてきました。
てっちゃんがいたからこそ出来上がった関係だけど、今も良い関係を続けさせてもらってるよ。てっちゃんが大好きなみんなのことが、私も大好きです。
自分の家族にも、何度もやってくる波を一緒に乗り越えてもらった。
今までは話す機会がなかったようなてっちゃんの話もたくさんしてきたよ。
数え切れないほどのメッセージや連絡を、友達や知り合いの人からもらいました。
みんなだって、てっちゃんとの別れが苦しくて、この現実に衝撃を受けているのに、それでもそんな中で、自分にできることを…って私のことを考えてくれて、たくさん話を聞いてもらったり、どうしようもない想いを受け止めてもらったり、行き過ぎる思いを止めてもらったり、生活を支えてもらったり、ただただ辛抱強く私が動き出すのを待ってもらったり、本当にいろんな形で守ってもらいました。
現実がどういうことなのかはわかってるけど、でも今でもずっと、毎日何度も、てっちゃんを求めて、てっちゃんを探して、いつかふとてっちゃんが現れてくれると信じて、それが無理でも、いつか私がてっちゃんのもとに会いに行けると信じ続けて、生きてます。
てっちゃんはどうしてる?
いつでも、どんな形でも、てっちゃんからの声が聞こえるのを待ってます。
志野
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿