てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2016年9月2日金曜日
これが普通らしい。
これが普通らしい。
死別を経験した人が抱く感情とか陥る状況…。
こんなにも毎日毎日てっちゃんのことを思って、呼びかけて、嘆いて、
それでもどうにもならない現実に絶望して、
少し落ち着いた時間がとれてるかなと思いきや、またどん底に突き落とされる…。
それが苦しい。
その全てが、大切な人を亡くした人の反応としては「普通」「当然」なんだって。
その行ったり来たりの波に飲み込まれるのが苦しい気がする一方で、ずっとその波に飲み込まれてしまっていたいと思う気持ちがある。
それも「普通」なんだって。
大切な人を失ったことによって、自分自身も一度死んでしまったように感じる。
それも「かなりの人に起こること」なんだって。
人が恨めしくなったり、自分を責める気持ちが消せなかったり、死別後の人生に期待も希望も何もない気がする。
それも「当然」なんだって。
でも、「私」にとって、それは「当然」でも「普通」でもない。
こんなのが「普通」なんて、本当に困る。
これっぽっちも望んでない。
耐えられない。
てっちゃんがいなくなっちゃって、もう7ヶ月も経つのに、てっちゃんがいない生活に、何の覚悟も準備もできてない。
「異常」だらけの毎日なのに、それが普通らしい。
何それ。
みんなの中でも、この私とこの現実が、少しずつ「普通」になっていく…きっと。
置いてかないでください。
「志野は一人でやっていけるタイプだね」とか、「どこに行っても大丈夫だね」とか、「何でも乗り越えられそうだね」とか、昔からよく言われてきた。
そんなこと全然ない…。
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ほんと、異常だよね、普通じゃない。でも志野ちゃん、一人じゃないよ、みんなが、ついてるよ。
返信削除ありがとうございます。お父さんお母さんがこんなにも助けてくれて、家族も友達もいて、一人じゃないとわかってるつもりなんですが…この心の中の孤独感は、もうどうしようもないですね。
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