ブログを始める少し前ぐらいから、いくつか本を読んでみている。
「家族を亡くしたあなたに」
「やまない雨はない」
「夫をなくしてからのひとりの生き方」
「人は死んでもまたあえる」
自分の言葉にできない想いを、代弁してくれてる気がして、すごい勢いで読んだ本もあれば、
少し宗教観が強すぎて、勉強にはなったけれど、「参考程度にしておいたほうがよさそうだな」と思う本もあった。
良いと思って読み進めても、途中で苦しくなって手を止めたことも何度もあった。
書かれている状況、想いに、自分の経験や心があまりに重なると、ホッとするようで苦しくもなる。
東日本大震災に関連して出された本や放送されるテレビ番組もその一つ。
それこそ、理由も状況も違うから、同じように感じるには安易な部分もあるかもしれないけれど、
でも、突然目の前からいなくなってしまった家族がいる人のことや、
そうじゃなくても、一人の人生の中であるかないかというぐらいすごく衝撃的なことが、
自身の身に起こった感覚とか…
私なりにだけど共感だったり参考になったりする部分がある。
本の執筆に協力したり、テレビに出たりしてみようと思う人は、
どこか何となくでも、必死にでも、その現実を受け止めていたり、受け止めようと努力していたり、
その中で続く自分の人生と向き合おうとしてみていたり、それがうまくできなくても何かしら外に発信しようとしている…そういう意味では私がやってみていることも近いのかな?
…と、これを書きながら考えてみたり。。。
一人の人の経験を一冊の本や一つの番組にしているものもあれば、
何人もの経験談を集めているものも読んだり見たりした。
ここには書ききれないほどたくさんのことを考えたし、感じたし、気づいた。
その中で、ちゃんと胸に刻んでおかなきゃいけないな…と思ったことは、
どれだけ私が、今回のことでたくさんの人に支えられて、助けられて、
最小限の身体的・心理的負担だけでやってこられたかということ。
てっちゃんという、最高で最大で最愛のものを失ってしまったことは事実でしかないけれど、
それでも友達がいて、兄姉がいて、親がいて、そしててっちゃんの家族がいて…
感謝すべき人の名前をあげていたら、日が暮れてしまいそうなほど、
本当にたくさんの人たちのおかげで私は救われたんだと思う。今、生きていられるんだと思う。
本や番組の中に出てくる人の中には、もともとの本人の性格も関係するかもしれないけれど、でも周りに思いを吐きだす人が十分にいなかったり、そうしようと思っても周りの人から十分に支えてもらえなかったり、そんな人達がたくさんいた。
その人たちが不幸だとか、私が幸せとかそういうことではなく、
でもただ、私は本当にたくさんの人たちの力によって、今生きられているんだと、そう思う。
話を聞いてくれる人がいること、
気持ちがいっぱいいっぱいの時に、私の代わりに頭や体を動かしてたくさんの手続きを手伝ってくれた人がいること、
ご飯を作ってくれる人がいること、
てっちゃんの話をたくさんしてくれる人がいること、
その時の私にできそうなことを必死に考えてくれて、一緒に動いてくれる人がいること、
経済的にサポートしてくれる/くれた人がいること、
ただただ、涙を流させてくれる人がいること、
私のせいじゃないと、私のことを一番に心配してくれる人がいること、
だからといって、まだそれを糧に、恩返しのために、ちゃんと立ち上がらなくちゃ、と思うほど、
頭と身体は元気ではないのだけれど、でも、
“「心から」感謝する”
ってこういうことなんだなって、それこそ心の底から思う。
一番上に書いた「家族を亡くしたあなたに」という本は、
アメリカの心理医の女性が書いたもので、まだ読み切れていない部分はあるけれど、
今まで読んだ本の中では、一番自分の気持ちに合った部分が多い本。
今度、気が向いたら、その本の中身も少し書き留めていこう。
そして、もし良さそうな本や記事、何かあればぜひ教えてください。
本当に、なんでだろうと思うよね、でも、志野ちゃんが、一番なんでだろうと思ってるんだね。早く帰っておいで、てっちゃんも待ってる。
返信削除あと少しで帰ります。やっぱりドイツまではてっちゃんもついてきてくれなかったのか、こちらではあまりてっちゃんの存在や気配を感じられません。チャールストンにいて仕事頑張ってくれてればいいんですけどね。。。
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