てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2016年7月31日日曜日
単純だけど一番大きな疑問。
なんでだろう。
なんで、てっちゃんに会えないんだろう。
なんで、てっちゃんは逝っちゃったんだろう。
なんで、てっちゃんと喋れないんだろう。
なんで、てっちゃんの手を握れないんだろう。
なんで、私は一人で寝ているんだろう。
なんで、私はこんなにもずっとずっと、てっちゃんの事を考えているのに現実は変わらないんだろう。
なんで、あの時のように幸せな気持ちでいられなくなってしまったんだろう。
なんで、てっちゃんはここにいないんだろう。
写真の中に映っている私たち二人を見て、別世界のものというか、誰か全然違う人なのかな、と思うこともある。
その一枚一枚のその時、その瞬間に感じていた、てっちゃんとの距離や空気、匂いも全部覚えている気がして、それが今この世の中にはないと思うと不思議でたまらなくなって、それが自分たちだとすら思えなくなる。
過去とか今とか、そういう次元の感覚ではない。
てっちゃんが今ここにいてくれれば、一緒にいられれば、今の私の全てが解決する。
そう思う。
一番単純だけど、絶対にかなわないことが、私の全身から離れない。
どんなに一分一秒を過ごしてみても、
少し違う考え方をしてみようとどんなに努力をしてみても、
その想いが私に引っ付いて離れなくて、それを刺激するようなことが起こると一気に苦しくなる。
目に入るもの全てと言っていいほどに、いろんなものをてっちゃんとの何かにリンクさせている自分がいて、一瞬も頭が休まらない……気がする。
てっちゃんと一緒にいられることが、あまりにも当然になっていたから、その当然ができないことがなぜなのかがわからない。
想い合っていて、助け合っていて、必要とし合っていて、ちゃんと2人で前を向いていたのに。
てっちゃんと一緒にいたい。
その単純極まりないことが、なぜそんなに難しいのかがわからない。
誰か、「それはてっちゃんが死んじゃったからだよ」ということ以外の答えをくれないものか。。。
そんなことは考えても仕方ないとか、そんなことを考えている自分が嫌だとも思うけど、
それはもう自分で止めないことにした。
考えてしまうことを止めることは今の自分にはできないから。
止めなくていいんだと思えるようになったドイツ生活は、一つの大きな収穫。
考えていることは変わりないけれど。
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