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2016年7月5日火曜日

あの時のこと。1月18日。2つ目の病院にて。



2016年1月18日、月曜日。2つ目の病院にて。





受付で、「今運ばれてきた患者の家族だから中に入れてほしい」と伝えたのに、

少し待つように言われた。

10分ぐらい待たされただけだったと思うが、ものすごく長く感じた。



てっちゃんがいる病室に案内された時には、

てっちゃんはベッドの上で上半身を起こした形で寝ていて、

酸素マスクをつけ、点滴が一本始まっていて、心電図が取り付けられていた。



モニターに出ていたバイタルは、

血圧も90台、酸素飽和度も相変わらず80台だった。

心電図の波形を、私はパッと読み取れなかった。




「遅くなってゴメンね。すぐ入れてくれなかった。どう?少し違う?」




てっちゃんの手を握りながら聞いた。

“う~ん、別に。”というかんじで首を横に倒して、楽になった様子はやっぱりなかったけど、

てっちゃんもしっかり私の手を握ってくれていた。



担当の看護師さんは、酸素飽和度があがってこないことに首をかしげていたが、

そこまで慌てているような雰囲気ではなかった。

てっちゃんはそんな看護師さんの様子を見て、

さっさと治療を進めてくれない状況に少しイライラしているようだった。



てっちゃんが少し寒そうにしているので、

廊下に出て看護師さんを呼び、毛布か何か借りれないか聞いてみた。




病室を出たり入ったりの看護師さんに、状況を聞いてみても、



「今Drの指示を待っているんだけど…。なんで(酸素)あがってこないのかしらね。」



とだけ言われた。


不整脈が出ていたからだと思うが、胸が痛いなど他に症状がないか、

看護師さんは何度もてっちゃんに聞いていたが、

てっちゃんの自覚症状は呼吸困難だけだった。



しばらくすると、呼吸器専門の技師さんが来てくれて、

BIPAP(非侵襲的陽圧人工呼吸器)での治療を始めると言ってきた。




てっちゃんにとっての地獄は、むしろそこからだった。




それまで、自分なりのリズムで


「ふぅーふぅー」


と息を吐きながら、呼吸を整えて保ってきたのに、

人工呼吸器での治療になると、マスクから強制的に圧をかけて酸素が送り込まれるため、

自分のリズムで呼吸ができず、それがとにかく苦しいと、必死に私に訴えてきた。



断続的に酸素が送り込まれるため、自分から話を出来る状況ではなかったが、

あまりに苦しそうなので、



「苦しい?大丈夫?でも酸素あがってくるまで耐えないと。」



と腕をさすりながら励ましたが、それでも首を横に振るので、

さすがに見かねて、少しマスクを浮かせてあげた。

そうすると、



「マスクする前の方がよっぽど楽なんだけど、1分だけでも休憩できない?口も乾くし最悪。」



「早く針さして空気抜いてくれればいいのに」



と訴えてきた。


てっちゃんはこのときもも気胸を疑っていたようだった。

酸素だけがどんどん口と鼻に送り込まれていたため、

唇も渇ききって、口の中もカラカラになっているようだった。






看護師さんや技師さんは、外で忙しそうにしていたが、

てっちゃんが苦しそうにしているのは見ていられず、直接呼びに行って、

せめて口の中を少し潤してあげられないか聞いた。



口腔ケアに使うスポンジ付のスティックと水を少量くれたので、マスクを少し上げて、

口の中を濡らしてあげた。

マスクをあげてあげた時に、少しでも自分で能動的に息を吸えるようにと、

口をマスクの脇にずらして、必死に呼吸していた。

何度も首を横に振って、人工呼吸器での治療を中断したいと訴えてきた。


あまりに苦しそうで、何とか必要性をてっちゃんに伝えながら、

でも、てっちゃんの苦しさが紛れるならという想いも正直あって、私も耐えきれなかった。




ただ、なんとか耐えたおかげで、酸素飽和度は改善してきていて、

98~99%とほぼ正常まであがってきていた。

でも血圧は相変わらず低かった。


自覚症状を本人に聞く看護師さんに、

てっちゃんはマスクのせいで話しにくい中、英語で答えようとしているので、



「日本語でいいよ。私が伝えてあげるから。」



と伝え、少しでもてっちゃんの負担を軽くするために必死だった。

てっちゃんは、


「少し(良くなった)。」


と、酸素飽和度があがってきて、少し楽になった気もすると教えてくれた。






そんなこんなをしているうちに、救急車で運ばれてから1時間以上経っていただろうか。

S先生が病院に駆け付けてくれ、病室に入ってきてくれた。





モニターを見た瞬間、先生の表情が固まった。



簡単にてっちゃんと言葉を交わし、

すぐにナースステーションに行って、自分がA病院のドクターであることも伝え、

現状や治療方針について、担当の看護師さんに確認しに行ってくれた。



そんなことが許され、かつそれに病院側のスタッフが対応してくれていたのに驚いた。

日本ではありえない光景だった。



そのまま何となく私を病室の外に呼び出し、こう教えてくれた。




「はっきり言うよ。状況はかなり良くない。正直言って、この先いつ心停止してもおかしくないよ。」





驚いた。ショックだった。


でも、まだ現実感がなかったのか、それなりに冷静だったと思う。




「たぶんB病院に移って、挿管もして治療を急がなきゃいけない。

今その手配をしているみたいだけど。」




そのとき入っていたC病院も、ちゃんと設備も揃っているし、

それなりの規模がある病院だと思っていたから、



「えっ?また転院?」



とは思ったが、事の重大さに気づいたような気持ちの一方で、

自分がしっかり状況を把握しなければ…という想いに駆られて、涙は出なかったと思う。

そんな心の隙間もなかった気がする。




S先生に


「てっちゃんの上司に連絡した?」


と聞かれ、初めてそういったこともしなくてはいけない状況なことに気付いた。

てっちゃんの上司とは、家族ぐるみでお世話になっていたので、すぐに私から連絡した。

ただ、動揺していたのは事実だったので、状況を正確に伝えてもらうために、

英語の流暢なS先生に説明をお願いした。




てっちゃんが心配ですぐ病室に戻り、また口を濡らしてあげたり…を繰り返した。

またすぐ転院しなきゃいけないらしいことを伝えたが、

てっちゃんは特に動揺した様子もなく、ただうなずいていたと思う。



少しすると、また救急隊員が来てくれて、搬送の準備が始まった。

私たちはやっぱり救急車に乗れないらしく、私とS先生はうちの車でB病院に向かうことになった。



S先生は奥さんと車できてくれていたようで、奥さんが車の中で待っていてくれた。



「朝から何も食べてないでしょう?これ、時間あるとき食べて。」



とおにぎりやお茶をもたせてくれた。

そのとき初めて、すでに昼を過ぎていることに気付いたが、空腹を感じる余裕などなかった。



B病院には、前に知り合いが入院していたことがあり、

救急の入り口や病棟への向かい方など、なんとなく知っていた。




こんな状況なのに、てっちゃんと一緒に救急車に乗ってあげられないのが、

嫌で仕方なかったけど、でも、とにかく何より、


“今ここで何もしてあげられないなら、次の病院に早く行って先に着いて待っててあげなきゃ”


と思って先を急いだ。


車の中で、S先生にこの先予想されることを教えてもらいながら、

前日、前々日のことを詳しく説明したりした。


「B病院に着いたら、おそらくICUにすぐ入って、すぐ挿管になると思うから。」


ともう一度教えてもらい、急に心臓がどきどきした。





4 件のコメント:

  1. こうやってあのときのことを読ませてもらうと、志野がどうしても「あのときにあんなことをしてあげればよかったのかもしれない」とか、「れば」と「かも」と思いを巡らしてしまうのが良くわかる。私も同じように考えるはず。時間が巻き戻しできればと思ってしまうけれど。
    何度も言うけど、志野がその場その場でベスト尽くしていたのには変わりない。

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  2. 本当に時間を戻してほしい。
    自分の身に起こってしまった自分への後悔なら、自分がまたがんばれば…で済むけど、てっちゃんの人生だからさ。こんなに長い夢、この中にありえないかな?って、今でも夢だと願ってる。

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  3. 志野ちゃん、ありがとう、本当に辛い想いをさせちゃったね。哲也も志野ちゃんのために、必死で頑張ったと思うよ。でもそれ以上に志野ちゃんは、頑張ってたんだよね。その辛いなか、チャールストンで哲也の最期の様子を説明してくれて、すまなかったね、私も頭の中が混乱しててよく覚えてないけど、志野ちゃんに、なんの言葉もかけてあげらられなかった。ごめんね。今でも、哲也と志野ちゃんが、大きなトランクをゴロゴロと引きづりながら、「ただいま」って帰ってくる気がしてる。哲也の分もこれから、幸せになろうね。それでないと、哲也に私が報告できないもん。

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    1. 一番頑張ったのは、絶対にてっちゃんです。私はただ、ただ手を握り続けて、声をかけ続けていただけで…
      あのときのことをお父さん達に、私の口からしか伝えられない状況になってしまったこと、てっちゃんの口から、てっちゃんの言葉でお伝えできなかったことが、本当に本当に悔しいです。
      お父さん達はきっとあの時、状況を飲み込むのだって難しかったのに、親心とは何かも知らない私こそ心遣い足りなかったと思います…。
      てっちゃんとだから、てっちゃんがいるから幸せになれると思っていたので…まだ「てっちゃんの分も」となかなか思えない自分がいますが、てっちゃんがゆっくり見守ってくれてると信じて、やっていくしかないですね。

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