Translate

2016年8月16日火曜日

お盆


初盆だった。


ドイツから戻り、てっちゃんの実家で、家族と過ごした。
家に着き、祭壇の前に座り、久しぶりにお線香をあげる。

何度もやってきてることだったけど、何度やっても骨壷から出てきてくれないてっちゃん。
何度てっちゃんの家に、てっちゃんの部屋に入っても出てきてくれないてっちゃん。

ドイツという少し離れたところからしばらくぶりに帰ってきたせいか、いつも以上にそれを感じてなかなか手が合わせられなかった。

バカみたいだけど、でもどこかまだ本気で、てっちゃんが生き返るすべがあるんじゃないかと思ってる自分の想いが粉々にされた気分だった。


家族が実家に揃う日程を考えて、迎え火は法要の前日だった11日に、送り火は昨日焚いた。

正直、てっちゃん自身も、てっちゃんの魂も、その居場所がどこにあるのか、本当にあっちに行ってしまったのかも、まだよくわかっていない状態だったから、お盆に「帰ってくる、天国に戻る」という感覚にも違和感があった。

でもやっぱり、実際火を焚いてみると、その間涙が止まらなかった。
そういうことをてっちゃんのためにやっているという、この現実が悔しくてたまらなかったのもある。

でも、そういう儀式にはやっぱり何か持つ意味や感じるものがあるんだなと、こうやって一つ一つの節目を大事にすることが大切って、こういうことなんだなって、感覚的にだけど思った気もする。
それが、今の私のこの心境にどう影響したかは、まだよくわからないけれど。


私の先輩でもある、てっちゃんの友達や先輩が何人か訪ねてきてくれた。
てっちゃんが好きだったからと持ってきてくれたお酒を、お父さん、お母さんと一緒にたのしみながら、てっちゃんのこと、高校のこと、大学のこと、アメリカでのこと、たくさん話した。

「てっちゃん、この話聞いたら絶対◯◯って言ってるね」

と、てっちゃんの声や表情、リアクションを想像しながらたくさん話した。


そんな会話を通して、わかってはいたけど改めて気づく。


私にはもっともっとてっちゃんのことを話す相手、時間が必要。

今はやっぱりてっちゃんのことで頭がいっぱい。

そしてやっぱり、てっちゃんに会いたい…。

でも、やっぱりてっちゃんがいない…。

てっちゃんの姿だけが見えない、てっちゃんの声だけが聞こえない。

こんなにみんな集まってるのにてっちゃんだけがいない…。


なんでよ、なんでよ、なんでよ。

こうやって想っているのが私だけじゃないこと、てっちゃんの家族だって、友達だって、先輩だって…
みんなそんなふうに思ってるんだと思うけど。


来年もまた来てね。

そう言うのが適切なんだろうけど、どこにも行ってほしくなかった。
魂だけじゃなくて、全部かえってきてよ。

0 件のコメント:

コメントを投稿