てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
Translate
2016年8月12日金曜日
夢の中での私達
ここ数ヶ月、具体的にいつ頃からかわからないけれど、
やっぱり眠りが浅いのか、とにかくたくさん夢を見る。
てっちゃんは全然夢を見ない、というか覚えていないことがほとんどな人だったから、
それに比べると私は、夢を見ることは昔から多かったかもしれないけれど、
でもとにかく最近は、毎日見る。
朝起きた時点で、内容をはっきり覚えていないことももちろんあるけれど、
夢をたくさん見た感覚はすごくあって、起きた瞬間からすごく疲れる。
起きた時から頭が重い。
そんなことがかなり頻繁にある。
アメリカから日本に帰ってきて、まだ間もない頃、とにかくとにかくてっちゃんの夢を見ることが私の毎日を支える力になっている気がして、毎晩毎晩必死にてっちゃんにお願いをした。
そういうときに限って、あんまり出てきてくれなかったりして…
そんな翌朝は、それに気づいた瞬間から気持ちが沈んでしまって、
夢にすら出てきてくれないてっちゃんに怒ったことも何度もあった。
やっと出てきてくれたかと思うと、冷たい態度をしたてっちゃんだったり、
てっちゃんだということはわかるけど、表情がわからなかったり…。
夢の中ですらも、てっちゃんは死んじゃった設定になっていたりすると、
“否定したくて仕方がないことなのに、頭はやっぱりちゃんとわかっているんだ…”
と自分を残念に思ったりもする。
逆にときどき、すごく楽しそうに笑っていたり、私のために優しくしてくれたり、しっかり抱きしめてくれているのを感じる夢を見ることもあって、そうすると、起きた時に、その一瞬の感覚だけを頼りに、その日一日のエネルギーをしぼり出すことができる気がしたりもする。
その中でも、今までの自分では見たことのなかった種類の夢がある。
てっちゃんが幽霊にでもなっちゃったかのように、私にだけ見えてる夢。
てっちゃんはそこにいるし、私とは会話も普通にしているのだけど、周りの人は全然気づいてくれない。
しかも2,3回見た。
細かいストーリーまでは覚えていないけれど、私はてっちゃんがかえってきたと喜んでいるのか、とにかく興奮していて、周りの友達に、
「ほら!てっちゃんここにいるよ!」
と何度も声をかけるのに、どの人も無視をするか「何言ってんの」と信じない。
でも私たちは私たちで、2人で話してるのも楽しいから、それはそれで楽しんでいて、最終的には、
「なんでみんな気づかないんだろうね~。変だね~みんな。」
と言って、あまり気にしない。
そんなふうに話したところまでは覚えているけれど、そこからの内容は覚えていない。
生きているという設定でもなく、死んじゃってるわけでもなく、私にだけ見えるてっちゃん。
それが何を意味しているのかはわからないのだけれど。。。
会いに来てくれたのかなとも思うけど、なんだかよくわからない。
この前見た夢で、少し驚いたのは、
てっちゃんが目の前にいて、普通に普段通り会話をしていた場面で、自分が頭の中で、
「この会話が途切れたら"なんで逝っちゃったの?"って聞こう」
となぜかはっきり思ったこと。
実際に聞けた記憶はないし、その夢がどうやって終わったのかも覚えていない。
でも、なぜか普通の会話の中で、ふとハッキリそう思ったのを目が覚めたときに思い出した。
次会ったときはちゃんと聞けるかな。
答えちゃんとくれるかな。
そんなこと聞かれたって一番困るのはてっちゃんなんだけど…
てっちゃんの「死」を自分なりに受け止めていこうと必死に努力する中で、時期によって感覚が変わるのが、
てっちゃんは今どこにいるのか。
遠くの空のどこかにてっちゃんがすごく穏やかな顔してこっちを見ている気がするときもあれば、
私のすぐ隣で私のことなんか気にせずぐっすり眠っている気がすることもある。
ふと目の前に飛んできた蝶々がてっちゃんかと思うこともあれば、
空にポツンと浮かぶ雲がてっちゃんに見えることもある。
でも、どんなにどんなに探しても見つからなかったり、どこでどうしているのか見当がつかなくて、居場所を感じられないときもある。
そんなときは、てっちゃんの写真に向かって「ただいま」とか「おやすみ」というのもなんだかいつも以上にすごく淋しく虚しくなる。
夢はその時の心境を表しているとか何とかって聞いたこともあるけれど、そんな感じもしない。
夢で会えるだけいっか。
いや、やっぱりそんなの絶対嫌だ。
会いたい。
そんなんで満足したくない。
こうやって、一人で葛藤する。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿