てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2017年2月16日木曜日
三周年
三度目の結婚記念日。
てっちゃんと一緒に祝えたのはたったの一度。
去年はまだ四十九日も終わってなくて、
今思うと、頭の中もものすごいボーっとしてた。
てっちゃんに手紙だけ書いた。
入籍した年は、東京は2月15日が大雪だった。
てっちゃんには、15日にチャールストンから帰ってきてもらって、翌日の昼にお互いの両親と顔合わせをして、その足で役所に行く予定だった。
2月16日は、その一年前にプロポーズしてもらった日で、私にとっては特別だったから、その日を結婚記念日にすることにした。
てっちゃんは、結婚記念日がいつだろうと構わないから、222で覚えやすいように22日にしようかとか、そんな感じだったけれど…
でも、その年はチャールストンも異例の大雪で、てっちゃんが帰ってくる便が飛ばなくなっちゃって、出発がまる一日遅れて、日本に着くのが顔合わせ当日に…。
昼には間に合わないからと、顔合わせを急遽夜に変更して、私が空港まで迎えに行って、そこからお店に直行することにした。
アメリカでの散髪は失敗経験があるから、と伸ばしっぱなしだった髪の毛もそのまま(本当は帰ってきてすぐ切りに行く予定だった)で、
飛行機にはジャージで乗ってきてたから、最低限の着替えだけさせて、顔合わせに向かった。
てっちゃんらしいマイペースっぷりだったけど、長時間フライトの疲れもあっただろうに、不満を言うこともなく、私が希望した日に全てがとり行えるように動いてくれた。
そうして、お互いの両親も一緒に、六人で楽しい時間を過ごして、
久しぶりに会えた喜びと共に、
私達は正式に夫婦になった。
好きで結婚したんだから当然だけど、
幸せだった。
ものすごく。
こんなに辛い、寂しい運命になっちゃったけど、
私はてっちゃんを旦那さんに選んで何も後悔してない。
あの時間が、私の人生の宝物であることは間違いない。
今は苦しくて苦しくて仕方がないし、
こんなこと二度と経験したくないけど、
でも、私は生まれ変わってもまたてっちゃんの奥さんになりたい。
生まれ変われるなら、できれば今度はこんな結末はやめてほしいけど、
でももし同じ運命でも、
私はてっちゃんの一番大切な人でいたいし、
あの一緒にいられた時間を、もっともっと大切に幸せに過ごしたい。
幸せでおめでたいはずの一日だけど、
てっちゃんがいないこの日は、
やっぱりおめでたくはない。
でも、
今日はささやかだけど、ケーキを買ってお祝いをする。
てっちゃんの奥さんでいられる幸せを祝って…
この一年、私を守ってくれたてっちゃんに感謝して…
今日が悲しい日じゃなくて、ステキな日であるはずだってことを、自分に言い聞かせるために…
てっちゃん、おめでとう。ありがとう。
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おめでとう。今日の写真のてっちゃんはなんだか幸せそうに見えたよ。
返信削除ありがとう。
削除デートもケンカも飲みに行くのも、もう何もできないけど、また一年、夫婦としてがんばっていくわ。
そうだったね。てっちゃんはボサボサで帰ってきて、なんて格好してるんだと、思ったけど。二人の幸せそうな顔をみて、こちらも嬉しくて、ほっとしたのを憶えてるよ。雲や星や月のように、毎日てっちゃんは見ていてくれる。こちらからも、見えるんだよね。
返信削除そうですよね。
削除この想いや感覚が一方通行なものではないと願って、こうやって私たちが話していることもてっちゃんにはお見通しなんだと、それぐらいてっちゃんは今、楽に過ごせているんだと願って、こちらは毎日を過ごすしかないんですよね。
あの時私たちが幸せな姿を見せられたのは、お父さんたちがただただ私達の関係を見守ってくれたおかげです、本当に。