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2017年2月11日土曜日

あの時のこと。1月19日。日中のこと。



2016年1月19日、火曜日。日中のこと。



てっちゃんの左眼の瞳孔が開き、対光反射がなくなっていた。。。

そのとき私は、なんだか怖くててっちゃんの眼球を覗き込めなかったけど、先生がそう説明してくれた。
脳梗塞か脳出血かが起こっているだろうと。


「え…次は脳…?」


心臓に、肺に、腎臓に、肝臓に…
そこに脳まで…。

理論的にあり得ることはわかったけど、
二次的に次々起こってくる問題に、怒りというか理不尽さというか、てっちゃんの生活習慣とかそういうことじゃないのに、なんでこんなにてっちゃんの身体が次々ボロボロにされちゃうのか、苛立ちを感じて、何もしてあげられない自分にも、先生たちも追いついていけない変化の速さにも、無力感と絶望感でいっぱいだった。


ただ、CTを取りに行くことができなかった。

心臓も肺も、自分の力では機能しなくなっていたてっちゃんの身体を、病室から動かすわけにはいかなかった。


それまでも、主治医の先生以外に、呼吸器科専門の先生や腎臓内科の先生、それ以外にもいろいろなスタッフの方たちがてっちゃんの治療に関わってくれていたが、そこに神経内科の先生も加わった。


CTをとりにいけない状況では、それ以外の情報から、てっちゃんの頭の中の状態を探るしかなかった。
瞳孔の反応を、何度も慎重に確認してくれて、でもやはり脳内の状態をもう少し把握したいから、一時的に鎮静剤を止めてみようということになった。
鎮静剤を止めれば、身体の動きや反応を見られるかもしれないからと。

その他にも脳波の検査もやった。


看護師さんが鎮静剤を止めてくれて、


「話しかけてあげて。反応はないかもしれないけど、彼は今あなたの声が聞こえてるはずよ。彼は今自分がどんな状態かわからなくて、何が起こってるか知らないだろうから、あなたからいろいろ話してあげるといいわ。」


と言ってくれた。

状況は深刻になっていたんだろうし、全く良い方向ではなかったのかもしれないけれど、正直私は、


「またてっちゃんと話せるかもしれない。私の声かけにてっちゃんがリアクションしてくれるかもしれない!」


と、鎮静剤を切らなきゃいけない理由が前向きなものではないことは、頭の中ですっ飛ばしていて、それでも話せるかもしれないというほうの喜びというか、期待のほうが大きかった感覚を覚えている。

自分がてっちゃんのためにしてあげられることが、やっとできた気がした。


ここがどこで、今が何日の何時で、あれから何があったのか、
てっちゃんに簡単に説明した。

きっと意識のハッキリしない中で、いつもの調子でいろいろ喋られると、てっちゃんは嫌がるだろうなと思って、高まる気持ちを抑えながら、できるだけ簡単に、ゆっくり話した。

目を閉じたままのてっちゃんに…
パッと目を開けてくれるわけもなく…


このあたりはもう、兄姉とのLINEの記録も途切れ途切れになっていて(電話でのやり取りが増えていて)、記憶が混在しているせいで、時間の流れや出来事の起こった順番がはっきりしなくなっているのだけど、
朝になって何時頃だか、てっちゃんの研究室のボスや、私たち二人がプライベートですごく親しくしていた友達夫婦にも連絡して、すぐに病院まで駆けつけてくれて、S先生の奥さんも歯ブラシや手作りのおにぎりなどを持って、また戻ってきてくれて、交代で面会もしてもらっていた。


何度か話しかけているうちに、てっちゃんは左の肘を曲げたり、手を握ろうとしてくれたり、首を動かそうと少し左右に動かしてくれたり、時には瞼が動きそうになったりもした。

話しかけた声にすぐに返事してくれてるように反応することもあれば、
もう疲れたよ、というようにリアクションが薄かったり遅かったりするときもあれば、
わかったわかった、と言ってるかのように、数回腕を動かしてピタリと止まることもあった。

でも確実に反応してくれていた。


右腕の反応はほとんどなかった。
一回だけ、私が手を握りながら何度も声をかけた時に、わずかに握ってくれたように感じたこともあったけど、それっきりだった。


反応がみえていることは良い兆候だからと、神経内科の先生はしばらくこのまま様子を見ましょうと、それ以降30分~1時間に一度は病室に来てくださって、てっちゃんのちょっとした変化も見逃さないように関わってくださった。


本当に驚いたのは、その親しくしていたアメリカ人でクリスチャンの友達夫婦が、てっちゃんのためにお祈りをしたいと言ってくれたときのことだった。

面会は一度に2人ずつだったから、私ともう一人誰かという形で、その夫婦にもそれぞれ分かれて病室に入ってもらって、お祈りもそれぞれがしてくれた。


てっちゃんの左手を握りしめて、反対の手をてっちゃんの肩にのせて…


そうすると、お祈りをしてくれている間のてっちゃんの反応が、それまでに見たことのない頻度と大きさとで見られた。

左の肘を大きく何度も曲げて見せて、そのまま腕が上がってしまいそうなほどだった。

しかも、旦那さんと奥さんとそれぞれの時どっちも。
私が話しかけた時より、二回とも明らかだった。


てっちゃんの、その友達への想いがそうさせたのか、もしかしてイエスがてっちゃんに力をくれたのか……


あの瞬間は本当に不思議だった。
そして、それだけの力をてっちゃんがまだ持っていることを目にして、本当に嬉しくて感動して涙が止まらなかった。



友達や研究室のボスも来てくれたおかげで、私の気持ちもだいぶ楽になっていた。

てっちゃんがもし何とか回復して、意識を取り戻してくれたとしても、かなり重い麻痺が身体に残るだろうし、それはてっちゃんにとって余計に苦しいことなんじゃないかとか、それで仕事ができなくなっちゃったら、てっちゃんは……
とか、
一応でもリハビリに関わっていた私が隣で見ている中で、リハビリをしなきゃいけない状況なんて、てっちゃんすごく嫌がるだろうから、その時は絶対ただ黙って支え続けよう…とか、
変に先のことまで考えちゃって、それはそれでもちろん怖かったけど、

てっちゃんの隣に居続けられるなら、どんなことも全力で立ち向かう覚悟がすでにできていた。


そう思いながら病室から外の景色を見ていたことを、すごく覚えている。


透析を開始するために少し準備が必要だからと、しばらく病室を出るように指示を受けた。
すでに昼近かったので、病院の一階にあったカフェテリアで、一緒にいてくれた友達と食事に行ってみることにした。

友達が持ってきてくれたサラダやスープを食べてみたけれど、やっぱり大して食欲もなく、食べてもすぐ気持ち悪くなっちゃって、少ししか食べられなかった。
友達はすごく心配してくれたけど、でも体調が悪い感覚はなくて、私自身の気力も、夜中に比べたらだいぶ戻っていた。

話を聞きつけた他の友達や、私が通っていた英語学校の先生まで、駆けつけてきてくれてたくさん励ましてもらった。
とにかくみんな、てっちゃんはあんなに若いんだから大丈夫と、みんなが前向きな言葉をかけてくれた。


そうして少し私も気分転換をして、たしか、透析が始まったと報告を受けてからまた病室に戻らせてもらった。
2時だか3時だか、それぐらいだったと思う。

その日はS先生は仕事があったため、そのアメリカ人夫婦が付きっきりで私とてっちゃんに付き添ってくれていた。
その二人は、私がわかりやすい言葉とスピードで話をするのが本当に上手で、先生の話で理解が曖昧なことがあったら、遠慮なく聞くことができた。


看護師さんは24時間、完全二人体制でてっちゃんの看護にあたってくれて、主治医の先生も休みなしで病院にいてくれているようだった。

脳浮腫の増悪予防と軽減のために点滴を追加していたので、とにかく心臓の働きが戻せるまで、脳内の状態を維持することを目標に治療を続けた。



でも、いつまで経っても、その原因になるウィルスが何だったのかが、検査結果に出てきてくれず不明のままだった。
主治医をはじめ、先生たちがみんな、その謎に頭を抱えていた。

(あとから知ったのだけれど、その時に調べてくれていたウィルスの種類は相当の数で、日本の病院だったら絶対にこれ程の検査はやってもらえない、ということだった。)



そんなこんなで、もう数時間経っていたんだろうか。
病室を10分だか20分だか、離れた時があった。

病室に戻ると、看護師さんが


「さっきちょっとむせ込んだんだけど、今は落ち着いたわ。」


と報告してくれた。
少しすると主治医の先生も、てっちゃんの様子を見に来てくださった。


先生がてっちゃんの瞳孔の反射を改めて確認すると、右眼の瞳孔もさっきまで見ていたより開いていた……


この時は、私もハッキリと見た。
見せてもらった。

前回検査してくれた時に見ていたてっちゃんの眼じゃなかった。。。



2 件のコメント:

  1. 瞳孔が開いちゃっていたと連絡を受けて、でもそんな状況からでもちゃんと生き返ってくる例を知っているから、ただそれだけを信じて願っていたのを思い出します。
    志野が、てっちゃんが手を握りながら反応してくれていたこと、だから絶対てっちゃんは声が聞こえてわかっているから絶えず話してあげてと言ったこともよく覚えています。あの時になんで回復にむかわなかったかと思うと悔やむ気持ちでいっぱいになって涙が出てしまうね。
    一生懸命書いてくれてありがとう。

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    1. 私もすごく覚えてる。私もそれだけを信じてた。
      なんで、あんなに最善の治療を施してもらって、てっちゃんは身動きもせずにじっとしているのに、どんどん悪化しちゃうんだろうって…本当に悔しかった。
      でも、どこかでこの時はまだ、それ以上に悪くなることは考えてなかったんだよね。時間は果てしなくかかるかもしれないけど、でもそこが底辺だと思ってた。

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