てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2016年10月10日月曜日
自分自身
本に書いてあった。
「死別の悲しみは、ひとつの「点」のようなものではなく、それまでのその人の人生の意味や、築き上げてきた人間関係が根底からくつがえされてしまうような体験なのだ。理不尽な死の意味を求めるその人自身が、それまでのその人ではなく、自分にとっても見知らぬ他人となっている。」
そう思う。
この筆者の伝えたいことと100%合ってるかはわからないけれど、すごくわかる。
自分が自分でない。
てっちゃんと一緒に撮った昔の写真を見ると、
てっちゃんに対しては、
「なんでこんなに自然と笑ってる人がいないという現実があり得るのか」
って思っちゃうけど、
その隣に写ってる自分に対しては、
「なんだか楽しそうだね」
って、他人事のように見てしまう。
それが自分だとなんか思えない。
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