てっちゃんが私のために何度も言ってくれていた言葉… 32歳、急性リンパ球性心筋炎で、具合を悪くしてたったの5日で逝ってしまったてっちゃん。最後、彼と何も話せなかった。 頭の中をグルグルする滅茶苦茶な想いを、とにかく吐きだしてみようかと思う。 <The title of this blog is the words My husband, Tetsuya often said to me...He was only 32 years old, passed away due to acute lymphocytic myocarditis. I could not talk with him enough after he felt sick. I will just write out my feeling and emotion that are stucking in my mind everyday.>
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2017年6月29日木曜日
そんなもんなのかな…
ついこの前、偶然ある番組を見たときのこと。
これは、愚痴でも批判でも文句でもない。
賛否両論あって当然のことだと思う。
でも、なんとなく、書き留めておきたい。
少なくとも私は……淋しかったから。
一昨日だったかな…。
小林麻央ちゃんのことを取り上げていたある番組で、
海老蔵さんのブログのことや、お姉さんの麻耶さんのブログのことも出ていて…
それに対してコメントをする出演者たち。
「このことはもちろん悲しいし、辛いですけどね、
でもこうやって、海老蔵さんも舞台をやりきったり、麻耶さんも文章にしたり、
御家族の皆さんが次に進んでいるんだから、
私たちがいつまでもこうしててもね…。」
「本来は『ご冥福をお祈りします』というべきなんでしょうが、
昨日はまだ実感がなくて…
でもね!やっぱり僕たちがいつまでもこうやってシンミリしててもね!」
「もちろん辛いですけど、でももうご家族の皆さんは、
もうはるかに辛いのも乗り越えて次に進もうとしてるんですからね。」
「逆にこっちが悲しんでたら足引っ張っちゃいますね」
………
この出演者の人たちだって、今回のことで言葉にしきれない思いや、麻央ちゃん本人・家族との関係性があるんだと思う。
それを私なりに想像はしてるし、
テレビでの発言なんて、言えること言えないことが山のようにあるんだろうから、
聞いて流す方がいいんだろうとも思う。
でもさ。。。
亡くなって一週間も経ってないのに…。
「いつまでもしんみりしてても」って。
まだ”しんみり”にも入ってないよ、たぶん家族は。
まだ、まだ、パニックなんだと思うよ。
パニックだから、体もある程度は動かせたり、
文章も、みんなに心配かけないように、ある程度冷静なことも書けるし、
そうであるべきと“一般的に”言われる言葉を選べているんだと思うよ。
「次に進んで」なんかいないよ。
もちろん、人はみんな違うし、
同じ家族だって捉え方も進み方も違う。
亡くなってしまうまでにどんな言葉を交わしてきたか、
どんな思いを引き継いできたかでも、きっと違う。
だから、これを麻央ちゃんの家族が聞いて何を思うかはわからない。
もしかしたら、そう言ってもらうほうが自分を奮い立たせられるかもしれない。
でも、
少なくとも私は、
淋しかった。
大切な大切な最愛の人を失って、
時間の進み方も、
自分の頭の中も、
身体の調子も、
何もかもがわからなくて、コントロール不可能な状態に陥って、
それでも進んでいく世の中が違和感でしかなくて、
寄り添ってくれてる人がどんなに近くにいたって、
それでも周りが進んでいく感じがしちゃって、
時が進んでいってしまう感じが、
淋しくて苦しくて……
周りの人があらゆる術を使って、
心はそばにあることを伝えてくれても、ずっと想っていると言ってくれても、
それに対しての自分なりの200%の感謝の心より、
勝手に襲ってくる孤独感の方が強かった。
”『ご冥福をお祈りします』と言うには実感がわかない”
”もちろん悲しいし辛い”
それだけじゃダメなのかな。。。
こんなにショックな死があって、数日悲しんだら、
そのあとは「いつまでも」悲しむべきじゃないのかな。
悲しみ続けるも、次に進むも、
それはその人次第。
だから批判する気も、文句を言う気もない。
でも、
なんというか、
死を惜しむ、っていうことが、しにくい雰囲気がある気がするんだ。
きっと世の中には、
仕事柄とか、家庭環境とか、いろんなことが理由で、
本当は出したい悲しみを無理やり押し殺して、
そうするしかなくて、
気丈に振る舞ってる、そういう振りをして、毎日を必死に生きてる人がたくさんたくさんいるだろうことはわかっているのだけど。
うまく言えない。。。
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