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2016年9月30日金曜日

今の私にはきつい



東京の人は冷たい、とか怖い、とかよく言うけれど、

よくわかる。

表面上の冷たさがにじみ出てる。

中身に関してはもちろんわからない。
もちろんそんなことばっかりではない。ありがたいこともたくさんある。
話せば優しい人、親切な人、控えめな人、明るい人、いろいろなんだと思う。
その中身が表にまで溢れ出てる人だってもちろんいる。


だけど、今自分がこんな状態だからか、世の中の人の表面上の冷たさがすごく突き刺さる。


急いでいるんだろうな、
疲れているんだろうな、
嫌なことがあったのかもしれないな、
今日は具合がよくないのかもしれないな、
そもそも、この人も私みたいに大切な人を最近失ったのかもしれないな、

できるだけ、私の一方的な偏見にならないように、相手だけが理不尽だとか酷いとか思わないようにしてるけど…

そんなにぶつかってこなくてもいいじゃん、
そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん、
そんなに「自分が当然」みたいにしなくてもいいじゃん、


私、今、結構きついんですよ。

外に出るとそこはそんな世の中、と思うと、出かけたくもなくなるし、前向いて歩くのも嫌になる。


なんで、私のほうがこの人に謝ってるんだろうって思ったりもする。
私が謝ったり、一歩引いたりするのはまだしも、それで我が物顔されるの、イラッとするよりも、悲しくなる。

私の状況知らないくせにって。

知らなくて当然なのに。


最近、やっと、店員さんとか心配りをしてくれる人に、ちゃんと愛想よくできるようになったとは思うけど…。
優しくいようとしてくれる人に、私もちゃんと応えられるようにはなってきたとは思うけど…。

少しずつ、少しずつ、前よりもそんな環境への対応の仕方を身も心も覚えてきた気はするけれど、でもやっぱりどこか、前向きなかわし方ではない。
心からは動けていない。


そんなふうになってる自分に気づくと余計に、私は変わっちゃったんだ、って思う。

あの時のような余裕、受け流せちゃう余裕はない。
そんな状況を「そんなもんなんだ」って、ポジティブに?あきらめることができない。


てっちゃんはこういうの、器用に割り切って、思考も行動も変えていくんだろうな。


何が言いたいんだろ、自分。

つまり、きついんだな。いろんなことが、今は。
考えすぎらしいんだけどさ。

そんな私を、てっちゃんがスッと、気楽に済ませられる人にしててくれたんだけどな。